ローランドの名言「学歴は飛行機の座席」が心に響くと話題!出身大学は?

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カリスマホストとして、一気にブレイクを果たし、メディアでも取り上げられることが多くなった「ローランド」について、ご紹介します。

月間6000万を売上げ、グループの個人売上記録を樹立し、「現代ホストの帝王」と呼ばれるまでになった「ローランド」の、心に響くと話題になっている数々の「名言」や、ローランドのプロフィールから出身大学・さらには、知られざる挫折エピソードなども、詳しくご紹介します。

お楽しみに!

 

 

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ローランド名言「学歴は飛行機の座席」が心に響くと話題!

 

「ローランド」の「名言」とは、一体どんなものなのでしょうか?

「ローランド」は、ツイッターにくる質問に対して、ユーモアとセンスが、いっぱい詰まった「名言」で返信されています。

そのいくつかをご紹介します。

 

 

この「学歴は飛行機の座席」のツイートは、とても大勢の人の心に響き、話題になっているようです。

一瞬「学歴は飛行機の座席」っと言われても、全く意味不明な感じなのですが、詳しい説明を読めば、納得といった感じですね!おもわず「なるほどねえ~!」っと関心してしまいました。なかなか「学歴」をこう例える人は、他に居ないと思います。この「名言」を聞いて、勇気づけられた方が、沢山いらっしゃったというのも分かる気がします!私も例外なくその一人です。「どんな人生の道を選ぼうと、最後に幸せを感じられなくちゃ意味がない!今がどんなにデコボコ道でも、ゴールがHAPPYなら、ALL OK!」っと私は解釈しました。ローランドの語彙力というか、言葉のセンスは、本当に素晴らしいですね!こんな才能まであるなんて、本当にスゴイ方です!そして何より、言葉にウソや躊躇が感じられず、自信に満ち溢れたローランドさんが、とても好きになりました!

 

ローランド曰く、これはつまり「人を見た目で判断しない」ってことですね!!!大事なのは外側ではなく、その人の中身です!ついつい私達は、見た目で人の事を勝手に決め付けちゃう傾向がありますよね!実際に私もそうです・・・。これは、本当に反省すべき点ですね!勉強になります!そして、これを伝えるのに、あえてチョコレートに例えて、質問者に対しても、説教や反発をするのではなく、やさしく回答してるところが、さすがローランドって感じですね!尊敬します。

たしかに、どんな高級車に乗って、自慢気にしていても、時代に乗り遅れていたら、ただの痛いヤツで終わっちゃいますもんね!!私もそうですが、人はついつい、外側ばかり飾り立てようとしちゃいがちですが、大事なのは、外側ではなく、しっかり周り(世間の流れ)が見えているかっていう自分自身の中身!ってことですね。

ローランドは、本当に有言実行の方で、自らの本の印税を学校修繕のためにカンボジアに寄付しています。つまりは「学校」を建てているんです!素晴らしい方です!それ以外にも、「東日本大震災」の復興や、放火事件によって被害にあった「京都アニメーション」にも、印税を寄付されています。本当に頭が下がりますね。完全にホストという職業の印象が変わりましたね。ローランドには、綺麗事ではなく、心の底から、日本をよくしたい!世界をよくしたい!っという気持ちがあるようです。やっぱりそういう志だからこそ、何をやっても成功されるんだと思います。
そして、ちょっと意地悪な事を言ってくるツイートにも、相手を攻撃や否定することなく、冷静に回答しているローランドの返信ツイートがたくさんあります。どんな内容の質問にも、動じず、受け止められる、その器の大きさが素晴らしいですよね!
まだまだたくさんの「名言」がツイッターの返信に書かれていますよ!気になる方は、ぜひ、チェックするべきですね!私は、このローランドの返信ツイートを読んでいて、勇気や元気をもらえましたよ!そしてクスっと笑える名言が、たくさんあって最高です!すっかりファンになってしまいました。
こういった言葉は、日々いろいろな本を読んで勉強しているそうです。ホストという仕事は、言葉を商売にしているので、「村上春樹」さんの本を読んだり、広告のコピー集などを参考にして、日々語彙力をアップさせているようです。さすが努力家ですね!

 

 

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ローランドのプロフィール

ローランドとは、いったいどんな人物なのでしょう?

プロフィールをご紹介します。

【プロフィール】

  • 本 名 :松尾風雅(まつおふうが)
  • ホスト名:東條 誠(とうじょうまこと)
  • 生年月日:1992年7月27日(28歳)
  • 出身地 :東京都八王子市
  • 出身高校:帝京高校
  • 出身大学:帝京平成大学
  • 職 業 :ホスト・タレント・実業家・モデル
  • 身 長 :182m
  • 体 重 :68kg
  • 血液型 :AB型
  • 家族構成:両親・双子の妹・6つ下の弟の5人家族

ローランドは、小学校から高校まで、熱心にサッカーをやっていました。

その腕前は、かなりのようで、中学時代には、Jリーグチーム「柏レイソル」のジュニアユースの青梅支部に所属するほどだったようです。

高校では、帝京高校のサッカー部に所属し、毎日部活に励んでいたそうです。

現在もサッカー愛は消えることなく、ホスト仲間と週に1回、フットサルを楽しんでいるようです。

帝京サッカー部と言えば、木梨憲武さんが有名ですよね!ガチ部で、上下関係も厳しく、ガンガン練習に励んでいたんだと思います。今のローランドが礼儀正しく、まっすぐな心を持っているのは、高校時代の厳しい練習の賜物なのかもしれませんね!
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ローランドの父親は有名なギタリストだった!!

 

 

ローランドのお父様は、どんな方なのでしょうか?

ローランドのお父様ですが、「松尾羊一」さんというお方で、ある業界では、かなり有名な方のようです。

その業界とは、「音楽業界」です。

ローランドのお父様は、「スタジオミュージシャンのギタリスト」なんです。

スタジオミュージシャンとは、自分のバンドを組んでいるのではなく、他のミュージシャン(AIRBLANCA・JAMProject・田村ゆかり)などのために演奏する人のことを言います。

さらに、ギタリスト以外にも、音楽関係の事務所を経営し、ギターの講師も務めているそうです。

多岐に渡って、お仕事されているんですね!大好きな「音楽」に関するお仕事に、全力で取り組む姿勢は、さすがローランドのお父様!っと言ったところでしょうか?!

 

 

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ローランドが「現代ホストの帝王」になるまでの軌跡とは?

 

 

ローランドは、いかにして「現在ホストの帝王」と呼ばれるまでになったのでしょうか?

その軌跡をたどってみたいと思います。

 

プロのサッカー選手を断念!

ローランドは、幼い頃からサッカーボールを蹴り、気づいた時には、プロをめざしていたそうです。

365日、ボールを蹴らなかった日は無い!っと自負しています。

しかし、1992年とは、サッカー選手の「プラチナ世代」と言われ、優れた選手が沢山いました。

その中で、自分はプロになれないと、人生で初めての大きな挫折を味わったそうです。

――まずはサッカーを始めたきっかけから教えてください。

始めたのは幼稚園の時。でも、理由がわからないくらい、気づいた時にはもうボールを蹴っていたという感覚です。もちろんプロを目指していましたし、それ以外の目標はありませんでした。僕は“熱しにくく冷めにくい性格”なので、『これ!』と決めたら他に選択肢がなくなってしまうんですよ。だから、どうやったらいいプレーができるか、ゴールできるか、ずっとそればかり考えていました。

――子どもの頃からストイックだった?

そうですね。ものすごくストイックにサッカーのことだけを考えて生きていましたし、少し極端なくらいに、サッカーに必要なこと以外はすべてムダに感じていた気がします。

例えば、『学校に行く暇があったらボールを蹴っていた』なんて逸話がブラジルにあると聞けば、それを信じて『勉強は悪だ!』と思い込んでしまったり。恋愛もそう。そういうものをすべて犠牲にして、すべてのパワーをサッカーに注いでいました。

――学生時代はどんなタイプの選手だったのですか?

ゴリゴリで、泥臭くて、ただ点を取るためだけにピッチに立っているようなストライカーでした。技術的な意味ではずっと『ヘタクソ』と言われ続けていたので、足元のうまい選手がうらやましかった。そういう選手との差は、ずっと感じていました。

 

引用元:すべてのパワーをサッカーに注いでいた

 

挫折からの逆転劇へ!

ローランドは、夢にまでみて、幼稚園の頃から頑張ってきた「サッカー選手になれなかった」という、大きな挫折を味わいました。

ここで、腐ってしまうのが凡人ですが、ここからローランドの奇想天外な逆襲が始まったのです。

――その後、なぜホストの道を選択したのはなぜ?

サッカー選手になるという夢はかなわなかったけれど、「逆転したい」という強い気持ちだけはありました。目の前が真っ暗になって「何をしたらいいんだろう」と思った。でも、このままで終わりたくない。絶対に逆転したいという思いだけは強かったんです。

当時のわずかな知識で思い浮かべられる“逆転の方法”は、芸能人になるか、ミュージシャンになるか、水商売を極めるかの3つくらいしかありませんでした。父親が音楽業界の人間なのでミュージシャンになろうと思ったんですが、でもやっぱり、“2世”というレッテルを貼られることはイヤだった。

自分の力で人生を変えるなら、水商売しかない。自然と、歌舞伎町に足が向きました。

――ホストの世界でトップに立つことは、プロサッカー選手になることと同じくらい難しいことだと思います。

僕の場合は、悔しさがエネルギーでした。サッカーでプロになることができなくて、落ち込んで、俺は何やってるんだと自分を責めたこともあります。でも、この業界で頑張って、結果を出して、周りに認められることで自尊心を取り戻すことができた。自分を好きになることができたと思うし、そういう状態になって、初めて「好きなものは好きなままでいたい」と思えるようになったんです。

で、テレビで放送されていたサッカーの試合を観てみたんですよ。やっぱり面白いんですよね。ホストの世界で自分をここまで押し上げてくれたエネルギーは、間違いなくサッカーからもらったものだった。頑張ってよかったなと思います。ホストとして頑張れなかったらたぶん今でもサッカーが嫌いなままだったと思うから。今の自分は自分のことが好きだし、サッカーのことが好き。あそこで人生をあきらめなくてよかったと思いますね。

引用元:エネルギーはサッカーで味わった悔しさ

ローランドは、帝京高校卒業後、帝京平成大学へ入学しますが、わずか、一週間という速さで、大学を辞めてしまいます。

その理由というのが、「NO1ホストになる」だったのです。

さすが、「カリスマ」になるだけあって、発想がぶっ飛んでますね!ご両親の、心中はいかがなものだったのでしょうか?もし私に息子が居て、せっかく大学に進学した矢先に「ホストになる」なんて言い出したら、全力で止めると思いますね・・・。親はどうしたって子供の安定を求めるものです。(笑)

 

「現代ホスト帝王」時代の幕開け

帝京平成大学を、あっけなく中退し、18歳でホストデビューを果たします。

最初の源氏名は「東城誠(とうじょうまこと)」。

1年間の下積み時代を経験しますが、その後は、快進撃をみせ、歌舞伎町の数々の最年少記録を樹立していきます。

そして、21歳にして、当時所属していた店舗の「代表取締役」に就任します。

2013年に大手ホストクラブグループ「KG-puroduce」の「PLATINA-本店」に史上最高額の移籍金で移ります。

その後は、数々のテレビ番組にも出演し始め「タレント」としても人気を集めだします。

2017年8月に、名前を東條誠からRONAND(ローランド)に改名。

2018年には、Ⅰヶ月で6000万以上を売上げ、グループの個人最高売上記録を更新し、現役ホストを引退。

KG-pruduceからも独立します。

そして、自身の個人事務所「シュヴァルツ」に所属しています。

2019年ホストクラブ「THECLUB」を開業

2020年コロナの影響で「THECLUB」閉店

現在は、脱毛サロン・飲食店経営・美容書品の販売・シャンパンの輸入代理店など、実業家さらには投資家として活動しています。

いやーーサッカー選手になれなった挫折から、ここまで、なりあがるとは、さすがですね!!これも、小さい頃からサッカーで、鍛え抜かれた「根性」でしょうね。今のローランドがあるのもサッカーのおかげと言っても過言ではないでしょうね!

 

「THECLUB」の閉店に際しても、コロナ渦で、キャストの安全を守りながら、お客様に楽しんでもらうサービスがこの現状では無理だという判断から閉店を余儀なくされます。これも、キャスト・お客様を第一に考えているからこその「決断」だと思うと、28歳という若さにして、自分より他人の事を優先して考えられるのは、本当に立派な方だと尊敬しましたね!

 

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まとめ

ローランドというホストがいる事を知って、ホストの味方がちょっと・・・いやだいぶ変わりました。こんなに「ホスト」という仕事に情熱を燃やし、努力されている人は他に居ないと思います。

だからこそ、トップに立っているんでしょうね!

今は接客業という業種が、コロナ渦で大変な時期ですが、このつらい時期を乗り越えて、さらなる高みを目ざしてほしいと思います。

これからもずっと応援していきたいと思いました。

ありがとうございました。

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