チョコプラ長田の出身大学は?実は超有名人が多数卒業の美大出身だった!

男性

「TT兄弟」や「和泉元彌」のモノマネで、一気にブレイクを果たし、今や、TVで見かけない日がないほどの、活躍をしている「チョコレートプラネット」通称「チョコプラ」!!

今回は、その「チョコプラ」の「長田庄平」さんをピックアップしてご紹介していきたいと思います。

テレビで見せる、多才ぶりには、本当にびっくりさせられる「長田庄平」さん!

いったい、どんな大学を出て、さらには、今の活躍を手にする前は、どんな仕事をしていたのでしょうか?

「チョコレートプラネット」「長田庄平」さんの、出身大学から、今に至るまでを、詳しくご紹介していきたいと思います!!

お楽しみに!

 

Sponsored Link

チョコプラ・長田プロフィール

 

《プロフィール》

  • 本 名 :長田庄平(おさだしょうへい)
  • 生年月日:1980年1月28日(40歳)
  • 身 長 :168cm
  • 体 重 :70kg
  • 血液型 :A型
  • 出身地 :京都府上京区
  • 趣 味 :DIY・スノーボード・陶芸・モトクロス・ジョギング
  • 所属事務所:吉本興業
  • コンビ結成:2006年
  • 同期芸人:エド・はるみ・向井慧(パンサー)など

 

Sponsored Link


チョコプラ・長田の出身大学は?

チョコプラ・長田の出身大学は、京都の「嵯峨美術短期大学」です。

いわゆる「美大」出身の、お笑い芸人なんて、意外な経歴の持ち主なんですね!

大学の偏差値は、「43」なので、めちゃめちゃ高いわけではなさそうです。

チョコプラ・長田が、在学していた当時の「専攻」は以下のように分かれていました。

美術専攻 デザイン専攻
絵画Ⅰ ビジュアルコミュニケーションデザインⅠ
絵画Ⅱ ビジュアルコミュニケーションデザインⅡ
絵画Ⅲ 環境デザイン
版画 生活デザイン
空間造形 テキスタイル
陶芸

チョコプラ・長田は、美術専攻の「陶芸」を選択していたと思われます。

《MAP》

 

 

修学旅行で、京都の嵐山に行きましたが、とても素敵なところですよね。学校の近くには、桂川が流れていて、嵐山線の終点「阪急嵐山」駅が近いということは、めちゃめちゃ観光地に学校があったんですね!自然に囲まれ、すごく恵まれた土地で、陶芸の勉強をされていたなんて、なんだか羨ましいです!きっと渡月橋デートとかしてたんでしょうね(笑)

現在の「お笑い芸人」としての活動の中で、この才能がいかんなく発揮されていますよね!

実際、コントなどで使用する「小道具」や「衣装」などは、すべて長田が手作りしているそうです。

その他にも、オリジナルのTシャツやジーンズなども手掛けています。

恐るべし長田の才能っと言ったところでしょうか!!!

この手先の器用さはDNAなのでしょうか?

チョコプラ・長田の血筋が気になりますね(笑)

 

Sponsored Link


チョコプラ・長田と同じ大学出身の有名人!

 

京都の嵯峨美術短期大学を卒業した、有名人について調べてみました。

いやあーびっくりしましたね。

今の日本の「美術界」や「アニメ界」など、さまざまな分野のトップを走っている多くの卒業生がいらっしゃいました。

安斎レオ 玩具プロディーサー
伊庭靖子 日本を代表する美術家
UA 日本を代表する歌手
逢坂浩司 アニメーター・キャラクターデザイナー 機動戦士Vガンダム(キャラクターデザイン)
大本眞基子 日本を代表する声優 星のカービィシリーズのカービィ
河井リツ子 漫画家 とっとこハム太郎
佐藤理 マルチメディアアーティスト
豊富春菜 日本を代表するアーティスト
福島敦子 日本を代表するアニメーター 魔女の宅急便(原画)AKIRA(原画)など
村井克行 俳優

まだまだ、たくさんの素晴らしい卒業生がいらっしゃいます。

たかが、「短大」と侮っていましたが、今の日本の「芸術全般」を牽引している、素晴らしい方たちばかりですね。

こんな素晴らしい美大で、チョコプラ・長田も「陶芸」だけに限らず、「芸術的センス」を身に着けていったんだと思います。

 

Sponsored Link


チョコプラ・長田の大学卒業後の進路は?

チョコプラ・長田は、2000年に大学を卒業したあとは、何をしていたのでしょうか?

2005年(25歳)に11期生として、NSC東京校に入っていますので、約5年間の空白期間があります。

実家の町工場の手伝い

実は、チョコプラ・長田の実家は、町工場を経営しており、大学卒業後は、「実家の町工場」を手伝っています。

どんな工場か分かりませんが、この工場で小さな頃から、色々な工具を使って遊んでいたようです。

チョコプラ・長田の手先が器用で、物作りが上手なのは、町工場で働くお父様のDNAと、小さな頃から工場の工具で、指を使って遊んでいた「賜物」なのでしょうか!?

清水寺近くの「陶芸教室」の講師

さらに、チョコプラ・長田は、美大時代に学んだ「陶芸」のノウハウを利用して、京都市内で清水寺近くの「陶芸教室」で、「講師」として働いていました。

さすが、「京都」さらに、「清水寺の近く」という土地柄もあり、「修学旅行生の1日体験教室」などを主催し、担当していたようです。

教えることが、とても上手だったようで、1日に1000人近くの生徒さんに教えることもあったそうです。

実際、以前「ヒルナンデス」で、時間の無いなか、陶芸をやるシーンがあって、チョコプラ長田が、出際良く作品を仕上げているシーンがありましたね!

めちゃめちゃ面白かったです。

ブラウザーをアップデートしてください | Facebook

 

Sponsored Link


チョコプラ・長田がお笑いを目指したきっかけとは?

「町工場」と「陶芸教室」で働き、それなりに収入も安定していたはずですが、チョコプラ・長田はどうして「お笑い芸人」を目指そうと思ったのでしょうか?

高校時代にやったネタがめちゃめちゃウケた!

チョコプラ・長田は、高校時代、陸上部に所属し「走り幅跳び」をやっていました。

その高校時代に、編み出したネタが・・・。

”あまり飛んでないけど、めちゃめちゃ飛んでるように見える走り幅跳び”

というものだったそうです。

これが、クラスで、ばかウケし、人を笑わせることに興味を抱くきっかけになったそうです。

めちゃめちゃ面白そうじゃないですか?

見てみたいですね(笑)

ただただモテたかった!

チョコプラ・長田は、清水寺近くの陶芸教室で、修学旅行生に陶芸を教えていた時から、結構人気があり、モテていたそうなんです。

実際、「一緒に写真撮って下さい」と言う生徒で、行列が出来たりしていたそうです。

その経験から、純粋に「モテたい」!!

っという願望が芽生え、芸人を目指したそうです。

邪(よこしま)な気持ちで、お笑い芸人を目ざしたんですね!(笑)

今は、知名度も上がり、超人気お笑い芸人になりましたね!

チョコプラ・長田曰く、陶芸教室の講師をしていた時代に比べて、5~6倍くらい収入がアップしたそうです。

これだけ売れれば、そりゃあそうでしょうね!!

チョコプラ・長田は、長田家の長男として生まれていますので、家業を継ぐかお笑い芸人を目指すか・・・。

ということでも、きっと悩んだと思いますが、この選択は大正解でしたね!!

やっぱり一度きりの人生!!

後悔を残さないよう、自分のやりたいことをやるべきです!!

 

 

Sponsored Link


チョコレートプラネットというコンビ名の由来とは?

「チョコレートプラネット」って、めちゃめちゃ長いコンビ名ですよね!!

いったい誰がこの名前を考えたのでしょうか?

「チョコレートプラネット」というコンビ名は、長田と相方の松尾が、好きなワードを持ち寄って合体させたもので、特に深い意味は込められていないそうです。

どうやら、「チョコレート」というワードを相方の松尾駿が持ってきて、「プラネット」というワードを長田が持ってきたようです。

その2つを合体させてポップな「チョコレートプラネット」したそうです。

長田のInstagramによると、「プラネット」の部分は1973年公開(日本では1985年)のフランス映画『ファンタスティック・プラネット』も由来の一つとのことです。

さらに、長いコンビ名は、「省略されるであろう!」

っという、世の中の流れを読み、売れたら「チョコプラ」と略されて、呼ばれるであろうことまで、計算に入れていたそうです!!

さすが、先見の明がありますな!!!

Sponsored Link


まとめ

今や、超人気お笑い芸人として、活躍中の「チョコレートプラネット」。

2人のモノマネのクオリティーはとても高く、才能の高さを感じますよね!!

さらに、長田さんの、芸術的センスは、目を見張るものがあると思います。

これからも、ますます面白いモノマネやネタを楽しみにしたいと思います。

ありがとうございました。

 

Sponsored Link


タイトルとURLをコピーしました